「創価学会は死者に賞状を送る」は本当か?
こんな記事を見つけた。
葬式には、多くの創価学会員も来ていました。その中で、死後に信者がもらえるという賞状みたいなものを渡されたんです。それを、喪主である父がうやうやしく受け取った。私も父も、創価学会が原因で母が泣いているところを見ていましたから、複雑な気持ちになりました。「母は創価学会のせいで苦しんできたのに、こんなものをもらって何になるの? 救ってくれなかったこの宗教って、一体何?」って。
創価学会を嫌っていた父は、日頃、学会員が家に来たらすぐに追い返すような人だったんです。けれど、その時ばかりは「ふざけるな!」と怒るわけにもいかない。創価学会のものを、父が神妙な面持ちで受け取った時に「これって、何の茶番なの!?」と私は思いました。父もつらかったはずです。
創価学会員の活動家が死ぬと賞状を貰えるというのは本当だ。
我が家では、父と母ともにかなり上の幹部で、他界した母にはこんな賞状が授与された。
葬儀の為実家に帰省したら仏壇の経机の上にドーンと置かれているんだから驚かされる。
ちなみに、高校時代に祖母が亡くなった時も同様で、ほぼヒラの学会員でも慣例に沿ってか二階級特進の出世を果たした。
確か、名誉支部婦人部長だったか?
母が亡くなり、この賞状を貰った父はさぞかしご満悦だっただろう。
こんな紙切れ一枚で遺族の信者は大喜びなんだから、随分と安く見られたものだ。
池田大作の名前で届いた香典の袋の中には金一万円。
元県幹部というそれなりの幹部だったからなのか、一万円は予想より遥かに多い。
こんな立派な香典袋なんだから、数千円では格好が付かないか。
多分、普通の会員は貰えないんだろうな。
人生の大半、およそ半世紀を捧げた母の最期はこの紙切れと香典一万円と目録だけ。
残ったのは1000万円を超える借金だけ。
それでも父は創価学会を辞めない。
今更辞めたところで、ひとりぼっちになるのが嫌なんだろう。
もう正しい、正しくないなどどうでもいいのかも知れない。
残った父が死去したら、やはり名誉なんたら長という肩書が書かれた症状が届くのだろうか。